livedoorの素人大作戦

日経BPのWebサイトで、「ライブドアが素人さんのニュース解説、ニュース批評ブログをピックアップ。その見出しの一覧表示を行うサービスをはじめる。」との記事を読んだ。「Blogニュース」というそうだ。

ブログはもともとはイラク戦争や9.11において、従来のマスメディアを持たない「記者」が「報道」を行うために使われはじめたとも聞く。その意味では身辺雑記系ではない、ニュース解説系のブログというのは、連携能力、パブリッシング能力を持つブログに適した素材であることは了解できる。その意味でライブドアの戦略はありだろう。

一方で、ライブドアはパブリック・ジャーナリスト=アマチュア記者の記事も提供してきている。これについては多くのサイトで批判的だったように思う。週刊アスキーの歌田明弘も確か「意図はいいとして水準が低すぎる」と批判していたはず。そのうえで、またも素人か!
こうした意見にも首肯すべきところは多いだろう。先ほど見た「Blogニュース」も概ねバラエティ番組かなぁという感覚ですし。

ただ、ライブドアが、これらの素人を「消費」するにとどまらず、露出・批判を受けられる場所に置くという意味での「鍛え」につなげていくとすれば、実のところけっこう面白いのかもしれない。Blogは、そうした状況を持ちやすい場でもある。
さらに、そこからのタレントを、地域の力が何らかの課題解決のために利用する(マスの側が鼻で笑って利用しないのであれば)ということでもあれば、ライブドアの提供する場所が「協働のための市場」になるとも、勝手に敷衍すれば言えるのかもしれない。

もちろん、素人をどう鍛え、どう育つ環境をつくるか というのは、ただ場所に置けばいいってわけではないことは承知。札幌のシビックメディア、静岡のレメニス静岡市民特派員にしろ、放っておいてなんとかなっているわけではない。

とはいえ、「ライブドアさん、玄人が使えないから(フジとの提携では使えなかったから)、素人ですか。大変ですなぁ。ふふんふん」、と訳知り顔で言っているだけでは済まないのかもしれないと思う記事だった。

なんといっても私は「広報メディア学科」で教育という仕事をしているわけですし。後生畏るべし。

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「ネット時代のジャーナリズム」から

ネット時代のジャーナリズム:良質のジャーナリズム 桂敬一の視点
基本的に賛成です。
ところで、質問する記者から「日本は海外に比べて、市民メディアがまだ発達していないのでは。」との言葉が出ていますが、これは韓国のオーマイニュースとかを指して言っているんでしょうか?
市民メディアの定義次第でそのとおりかもしれないけど、個人メディアとしての市民メディアは、ここのところのブログの急増から考えると、量的には相当「発達」しているように思います。
とすると、「質」の問題なのかな。このあたりは、しばらく前の週刊アスキーで歌田明弘が書いていた、リンク型ジャーナリズムの考え方によれば、実のところ「発達してきている」とも思えますよね。
じゃあ、市民メディアというものを個人メディアではなくて、非政府、非マスコミの民間メディアととらえるなら、その地域バージョンが実は・・・ eコミュニティしまだの発展形=地域発見情報の流通、蓄積、交換、リアルな活動へのリソース提供、なのではと考えています。ちょっと言い過ぎ?

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 Mainichi INTERACTIVE Mail

 毎日新聞が親元のMainichi INTERACTIVE Mailというメルマガを購読している。そのなかで、今日付けの記事は「ほぉ」と思った。内容としては堀江社長支持というもので、論拠もしっかりして、私の思いに相当近いところもある。しかし「ほぉ」は、その内容ではなく、別のところにある。この記事の筆者である柴沼均氏が、「本欄でも位川一郎(経済部)、渡辺雅春(社会部)の両記者が相次いで堀江氏の姿勢を批判した。しかしそれを読んで私は違和感を抱いた。」と、書き、意見を展開している点だ。
 私も位川氏、渡辺氏の記事は読んでいて、「『Mainichi INTERACTIVE Mail』は堀江社長にそうした意見を持っているんだな」と判断していた。
 ところが、おそらく同じ毎日の記者である柴沼氏が、同じ「Mainichi INTERACTIVE Mail」という媒体で、意見の相違をおおやけにしながら記事を書く。これにはとても興味深いものを感じた。たとえ柴沼氏が外部ライターであったとしても、印象はそうは変わらない。同じ媒体で筆者同士が議論するような雰囲気はなかなか「ほぉ」だ。もちろん好印象という意味で。
 もともと毎日新聞は記者の個々の意見を大事にしている印象を持っているが、メルマガ、Webという媒体で、より、その方向性が強くなっているのかもしれない。
 単に伝達の道具ではなく「場」としての機能ももつ、このメディアに座布団一枚。

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Japanese Cool!

 日曜日の日経新聞「美の美」、長沢芦雪の襖絵を素材にしていた。芦雪は、もうずいぶん昔に辻惟雄「奇想の系譜」を読んで以来、若冲、蕭白、絵金、又兵衛、国芳などとともに気になっている。
 今回の「美の美」は先週に引き続き、動く絵として襖絵を解こうとする企てで面白い。「日本の絵画には、当初から時間性がそこに含まれている。というより時間と空間が別のものとは考えられていない」という高階秀爾の言葉は、見出しでは「アニメ」として触れられているだけだが、より具体的には押井守、大友克洋、宮崎駿を生み出す蓄積であったと考える面白さには惹かれる。それも、応挙や狩野派の襖絵にも、そうした源流はあるのだろうが、やはり、先にあげた芦雪、若冲、蕭白、絵金、又兵衛、国芳などは、Japanese Coolのすぐ上の兄であるように感じられる。

 押井がまだ、それほどには大家でなかった頃、「天使の卵」をレンタルで見た時の感情の揺れだけを思い出す。

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Flickr 続

 先日、このブログでも触れたFlickr(いわば写真共有ブログ)について、日経BPのサイト「Webマーケティングの近未来」で織田浩一が触れている。織田がまず述べているグループテーマ(例えば「四角に囲まれた丸いもの」画像集めのような)の設定による「遊び」について。メルプロジェクトで紹介されていた「メルまんだら」との親近性を感じる。メルまんだらのほうが随分と能動的で、それだけ関係を活性化させるわけだが、「つながり」という点ではちょっとだけ似たものもあるような。Flickrのグループテーマは、そのままでは関係が静的すぎて、そこからどう動き出す仕掛けを作るかっていうのがないと、机の前でアハハって言って終わりそうですが。
 何と言っても、メルまんだらは、あの画像と画像を結ぶ線の集散と、ある画像を引っ張ると動的に関係図がグリグリ変わるのが、場とかコミュニティとかを意識させるわけで。あれは前に見たオントロジーのアプリケーションによく似てる。オントロジー自体が「意味の場」だし。
 もうひとつ、織田が言っているのはtag。これも先にこのブログで書いているけど、織田はGPSケータイとの連携による位置タグ付加の意味を強調している。市民フォトジャーナリズムの萌芽という感覚らしい。ブロガーがジャーナリストとして活躍するための新しい道具というわけか。確かにブログの視点からは新しいのかな。GPSケータイ・カメラを使った地域発見発信自体は、そんなに新鮮でもないだろうが。
 ジャーナリストとしてのブロガーという意味では、新聞やWebでブロガーがホワイトハウス記者会見に一日記者証で参加したとの記事も読んだ。面白くなっている。

 ところで、この織田のコラム。今回は今ひとつキレがないかもしれないが、ブログをどう儲けることに結びつけるかという視点では、とても刺激になる。オススメです。

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第三の知識資産と地域情報化研究会@グローコムと立石稲荷縁日

 いくつかの発見のあった日。まず、日本経済新聞の経済教室で松原宏さんが「知識資産」について経済地理学の立場から書いている。特に「第三の知識資産」への注目を強調。第三の知識資産とは「地域外の人間がその地域に対して持っている知識であり、地域のイメージや評判、記憶も含まれる。」とのこと。(個別商品についてのそれに止まらない)地域ブランドの考え方に重なるものがある。そのとき、「イメージ、評判、記憶」と言われ、しかも、それを地域外からと言うなら、インターネットによるネットワークとリアルとの連携というソリューションがすぐに思い浮かぶ。大きなフレームでのブランド管理に基づく、地域外からの「引き込み」を図るということになる。では、そのための仕掛けは? 地域メディアがその役割を果たすだろうが、例えばそれが、ブログ、画像ブログ、動画ブログとして発表され、そのブランドが推奨するRSSリーダー向けモデルフィルタリングが配布されるなら、さらにトラックバックやコメント、wiki活用による協働のブランド育成が図られるとするなら・・・。思いは跳ねるが、実はそんなことを「eコミュニティしまだ」でも企んでいる。
 次の発見はグローコムが立ち上げた地域情報化研究会。地域情報化の定義を自治体という行政から取り戻していることを歓迎する。また地域のアクティビズムの発揮を地域情報化の目的にという点も賛同(単に「元気にする」というほうがいいような気もしますが)。こうした背景をもった研究会が今後「地域情報化教科書」(ウェブでは「地方情報化教科書」?)を作成するという。興味津々。一方で、こういう場に立ち会える研究者を羨ましくも思う。例えば、私は、こうした研究会からのアウトプットを受けて、どのように研究や実践を進めるのか。単に応用ではなく、新しい付加を試みなくてはならない。
 ということで、島田に戻る。今日の記事タイトルの「立石稲荷縁日」。これはeコミュニティしまだの「コミュニティおおつ」セルがアップした記事。単なる地域のお祭りと言ってしまえばそれまでなのだが、巨石との関連や、焼津の漁師、島田の芸人が参加していたなど、横のツナガリなど、写真も含めて不思議な感覚も覚える。もとより、専門領域では既に答えのあるところかもしれないが、そうした「不思議」について歴史や時間を深掘りしていくことで、島田という地域の奥深さも確認されていく。これがブログで発信され、共用ポータルで露わにされ、あるいは他のRSSリーダーで読まれて、最初の「発見」で述べた第三の知識資産を誘う仕掛けになることをボワリと考えている。

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Felicaケータイから

 ITmediaのサイトで、神尾寿氏がフェリカネットワークスの河内社長にインタビューをしている。
 そのなかで、Felicaケータイの利点として、位置認証があることが述べられている。Felicaケータイを利用して、店内で買い物をした、あるいは空港のチェックインをした、それぞれの時点で、そのFelicaケータイの持ち主が「そこ」にいることが確認できる。
 そこで、やおら、位置と個人特性に応じたマーケティングを、ケータイWebやケータイメールを利用して集中的に実施可能ということだった。
 これを地域とか、公共とか、市民とかの視点で見直したときに、何が見えてくるか。

 「気配」(けはい)という考え方を導き入れると面白いかもしれない。

 従来、意識下での感覚である「気配」が、Felicaケータイによって意識化される、という切り口はどうだろう。
 観光にしろ、地域活動にしろ、災害対応にしろ、それらを担う人々は、「触知の感覚」を研ぎ澄ましながら「気配」を感じ取り、その気配に応じた、人との、場所との、出会いをはかり、結果を生み出そうとしてきたはずだ。
 Felicaケータイではなく、RFIDを利用したユビキタスネットワークの思考も同様だろう。
 そんな今、auはRFIDを認識できるケータイも開発したとのこと。
 「気配」を感知する能力をICTに代替させるのではなく、ICTが意識化させた「気配」をもとに、地域を力づける、新しい一歩を踏み出せる可能性。
 気配とケータイ。地口にもならないが、ここから新しい発想のしかけを創ってみたい。

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リーチ・ブランド・コンテンツ

 ライブドア堀江社長が、ロイターの通信のインタビューに答え、面白いことを言っている。
 それは、「放送業界の人たちは自分たちの持っている一番の資産はコンテンツ(情報の内容)というが、それよりも大事なものがある。放送局が持っているもので一番価値があるものは、リーチとブランドだ」
 放送局というのは、それ自身がコンテンツを作るわけではない、というのは、今の制作会社やスポーツ中継や映画や・・・などなど考えれば、そのとおりの部分があるのだろう。
 だとすると、放送局の役割は、となると、やっぱりプラットフォーム。「またかよ」と、私の文章をちょっと読んだことのある人は思うんだろうけど、ここでもプラットフォーム論を提示したい。カタカナが嫌なら「場」でもいい。
 堀江社長はリーチとブランドと言う。
 これは、プラットフォームの要素である=「場」が成立する要素である、共通語+信頼感+インセンティブのうちの、信頼感=ブランド、インセンティブ=リーチ(の強さ)を示していると翻訳できる。
 ただ、共通語については触れていない。堀江社長にとっては、それはやはり「金」(かね)なのかもしれない。どんなコンテンツ提供者も「金」への志向という、一つの指標=共通語で計算できると思っているのかもしれない。
 堀江社長が放送局というプラットフォームにどのような共通語を持ち込むのか、興味深い。

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週刊アスキー3/15

 週刊アスキー3/15号の記事で、いわば写真ブログとでもいうような「Flickr」が紹介されていた。
 ブログ的な一方で、写真の公開限定が可能な点や「Join this group」機能などはSNSのような雰囲気もあって面白い。
 さらに、同じ週アスには、NTTとNTTレゾナントが画像や動画を直感的に(先のFlickrはタグというキーワードをあらかじめ付けることで検索を可能としている)検索できる実証実験を開始との記事もあり、この二つが連携すると、さらに画像共有の奥が深くなりそうな気もする。
 共有と言えば、知己である研究者の方が3D画像を共同製作するためのブログを開発されていたりもする。これらには、wikiや「はてな」的な印象もある。
 インターネットとXMLがつくりだす『デジタル・ツナガリ』(手元にあるが、まだ読んでいないので書名からの印象だけだが)は、ますます、つながろうとする人を多層につなげていきそうだ。
 もちろん、だから明るい未来ってわけじゃなくて、それによる今まで存在しなかった課題や怖さを凌ぐための研究も必要になるわけで、それが私の飯のタネになる可能性もあるわけだが。
 しかし、こういうときに、ライブドアとの提携がニッポン放送の企業価値を大幅に毀損するってのも、よくわからない理屈。ネットワークそのものより堀江社長が嫌いってことなんだろうかね。あるいは三木谷社長なら提携してた?

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